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錆び付いた線路だけが残る旧揖斐川線、既に尻毛駅も駅舎は撤去されてます。
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旧中山道を流す Part30
2006年 11月 26日 |
22日はTVの天気予報を確認すると「晴れのち曇り」気温は21日と同じと予報されている。大阪にいた頃に見ていた「おはよう朝日です」を見つつ出発の準備。
今回宿泊したホテル結構安くて予想していたより広くて快適な睡眠を得ることができました。朝食も210円とリーズナブル。まぁパン・コーヒーとにぬきにバナナといたってシンプルですがバイキング方式なのでエネルギーは満タンにできます。




ホテルを出発後JR線を越えなくてはならいのですが、ガイドブック等には「人しか通れないトンネル」とあったので、一様その場所を確認の為目指します。
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写真はここを抜けて場所から撮ってます。
このトンネルの入り口付近には立て看板で「人だけ」と謳われているが、ジモピーの方々は通勤通学の時間帯だったため、ガンガン自転車に乗った状態で通行していた。
暫く道なりに走り続け焔魔堂町の交差点を越えます。既に守山宿です。草津宿からたった5km程だから近いんですね。江戸の頃は、「京立ちの守山宿泊まり」と呼ばれ、江戸に向かう旅人の最初の宿泊地として賑わったようです。まぁ三条大橋から約30Km程(今回は京都駅出発と迷ったので40Kmでしたが)日の出と共に歩めば夕刻には到着した範囲なんですね。因みに東海道は、「京立ちの石部泊まり」と呼ばれていたようです。
ここの地名はこの近くに小野篁が閻魔大王を祀った伝えられる閻魔堂があり地名の由来となったようです。昔は「閻魔」と書いていたようですが現在は「焔魔」です。
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また暫く道なりに進みます。(ほぼこの先道なりで中山道は続きます。)
途中道標を発見!美濃路を指しています。まだ近江路なのに美濃路まではまだ距離があるのにと思いつつ自転車を漕ぎます。
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漸く野洲川を越えると守山宿とお別れです。
by moririny | 2006-11-26 18:21 | Touring
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